頭 お だ い じ に

すまーとほん

 

お題「ケータイと私」

 

ついこの間、携帯を無くした。

最初は「あれ?どこ置いたかな。」と探したけど

3分でやめた。

探すほど「必要」ではないんじゃないか。そう思った。

むしろ、手放して少し解放感があった。

 

いつもの帰り道、街を歩きながらふと気づく

なんでもかんでも掌サイズのちっちゃい箱で出来るようになってさ

連絡もすぐ取れる。知りたい情報もすぐ知れる。音楽が聞けて、テレビもみれて

とにかくなんでもできる。

なんか「家でやってたことが、外でも出来るようになった。」のかな。

その分、外でもずっと画面とにらめっこ。

 

スマホ持ち始めて、どんどん普及して

全然街のこととか見なくなったなぁ。って改めて思いました。

 

あと、あるのとないのとで時間の流れが全然違う感じがしますね。

2日ほど、携帯がないゆったりした時間を過ごしました。

 

勝手に携帯に縛られてたんだね。慣れって恐ろしいわ。

 

「優しい」ことがたまにキズ

目覚めた

気だるい体を起こして
「あー、起きれた。よかった。」と
「あー、何しよう。面倒だな。」の
気持ちが行ったり来たり。

休みだったことだけが唯一の救いだけど。
窓に近づくと外は晴れてて
街はいつもの賑やかさがなく、めずらしく静かだ。

外に出たい。とは思うけど
さあ、出よう。とまでは行かなくて
結局ぼーーっとテレビを眺めています。


ここまで読むとただのだらけた人間みたいだけど

こんな日があっても良いのかな。
こんな日があるのが普通の幸せなんだな。と受け止めて。

お休みの日にちゃんと「お休み」すること。
案外普通で難しいことなんです。

みなさんもお休みがある日は
あえて何もしない日を過ごしてみてください。


何か見えてくるかも。

それでは、良い休日を。

お題「○○世代」

私が生まれた年代は

よく「ゆとり世代」と言われている。

例えば年齢を聞かれて

「いくつぐらいなのー?」

「○○歳です。」

「あーじゃあ、ゆとり世代だね~。」

と、まあ、こんなあからさまな会話はしたことはないけれども(笑)

 

ゆとりと分かった瞬間に「あー。ゆとりねー、そうねー。」と

少なからず勝手に「可哀想」と思われたりする。

ゆとりゆとりってあたかも

ゆとり世代生まれ=勉強できない=頭の中お花畑

ではない。年代=人格 と判断する人の脳内がお花畑だ。摘んでまうぞ。

 

いつどの時代だって

やる人はやるし、やらない人はやらない。

出来るのにやらない人もいるし、出来ないけどやる人だっている。

なんとか世代ってのは関係ない。やれる人がどんどん上がっていくだけのこと。

 

見た目や生まれで判断せず

「うちがわ」をしっかり見れる人になりたいもんです。

 

 

シャッター


心の目、はカメラみたいだ。

目に映るもの、止まるもの

心のどこかでシャッターを押す

それは美しいものが多ければ良いんだけど

人間は何故だか汚いもの、醜いものを見た時ににシャッターを押すことが多い

気付けば心のフォルダの中は
そんなもののフォルダばかり
多すぎて容量が足りなくなった。なんてよく聞く話。

なのにゴミ箱にも捨てない。
なぜ?



どうも。駆け出し未熟者です。

ブログをはじめました。
はじめまして。吐き溜めゲルニカと申します。

ブログの作成は初めてなものですから
どうも上手くいかず。。
現代社会についてけない未熟者でございます。

このブログでは
私が思う「言葉」を書けたらいいかな。と思います。
奇跡的に共感してくれたり
「なんだこいつ。あー面白くない。はい、購読解除解除。」と購読解除されたり
(果たして、はてなブログにそんな機能があるかすら分かりません。すいません。)
見てスルーしたり

ご自由に。

毎日書けたら「よく頑張りました」な感じです。はい。

では、よろしくどうぞ。